シンデレラ ローマオペラ

チェネレントラ(シンデレラ)

 

作曲:ジョアッキーノ・ロッシーニ

初演:1817年1月25日 ローマ、ヴァッレ劇場

台本:ヤーコポ・フェッレッティ(イタリア語)

 

 

【あらすじ】

 

時と場所:18世紀頃、南イタリア

 

登場人物:

アンジェリーナ:チェネレントラ(メゾソプラノまたはコントラルト)

ラミーロ王子(テノール)

ダンディーニ:王子の従者(バリトン)

アリドーロ:哲学者(バス)

ドン・マニフィコ:継父(バッソ・ブッフォ)

クロリンダ:姉(ソプラノ)

ティスベ:姉(メゾ・ソプラノ)

合唱(ラミーロ王子の宮殿の家来たち)



【第1幕】

時は18世紀頃、舞台は南イタリアの田舎町。チェネレントラはマニフィコ男爵家の三女でしたが、贅沢に生活する二人の異母姉と継父マニフィコ男爵に、まるで召使いのように虐げられていました。
あるとき男爵家に乞食が物乞いに来ます。二人の姉は見向きもしませんが、チェネレントラはこっそり食べ物を与えてやります。実はこの乞食、王子の家庭教師アリドーロが変装した姿で、王子の理想の花嫁を見定めていたのでした。
そこへ王子に変装した従者ダンディーニと、従者に変装した王子ラミーロがやって来ます。二人はわざとお互いの身分を交換していました。そうとは知らず、二人の姉たちは偽王子に媚びを売ります。その間に、従者に変装した王子ラミーロとチェネレントラは、お互いに惹かれ合っていたのでした。
マニフィコ男爵家は、王子が主催する舞踏会に招待されました。チェネレントラも行きたいと男爵に頼みますが、留守番にさせられます。二人の姉たちが豪華に装い出掛けた後、みすぼらしい姿で落ち込むチェネレントラの前に、あの乞食が現れます。そして、お城の舞踏会に連れて行こうと言うのです。
舞踏会では、着飾った二人の姉が、偽の王子の気を引こうと躍起になっていました。そこに突如として現れたのが、美しいドレスを身にまとったチェネレントラでした。

 

【第2幕】

チェネレントラの美しさに偽王子は、彼女を花嫁として迎えようとします。しかし、チェネレントラは、王子の従者に恋をしていると言ってこれを断ります。この一部始終を物陰で聞いていた本物の王子ラミーロは喜びました。そして彼女に従者として結婚を申し込みます。チェネレントラとしては、この美しいドレスを身にまとった姿は、仮の姿。彼女は、自分の腕輪の片方を渡し、「右手にこれと同じ腕輪をしている私を捜してください。私を捜し当て、そのとき私のことが嫌でなければ、あなたのものとなります」と言って、お城から立ち去りました。
男爵家では、またいつもの日常が始まり、チェネレントラは召使いのようにこき使われていました。ある日、激しい嵐によって馬車が転覆したため、男爵家に王子と従者がやって来ました。今度は本当の姿です。男爵と二人の姉たちが驚いたのは当然のこと、チェネレントラも恋した従者が実は王子だったことに驚きます。そして、チェネレントラは王子の妃となったのでした。

プログラムとキャスト

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JUN 2019

ローマ歌劇場

ローマ歌劇場(Teatro dell'Opera di Roma)は、イタリア・ローマにある歌劇場。1880年11月に開場したコスタンツィ劇場がその前身である。数度にわたる名称の変遷、改修工事を経て、現在は総席数約1,600の歌劇場である。ローマ・オペラ座とも訳される。

 

歴史

ローマ歌劇場の前身である「コンスタンツィ劇場」の名前はこの劇場を建てた施主、ドミニコ・コンスタンツィに由来します。彼は私財をもってこの劇場を計画し、設計をミラノの劇場建築家アキーレ・スフォンドリーニに委嘱しました。かつてはローマ皇帝ヘリオがバルスの邸宅があった用地に新劇場は18ヶ月で完成し、1880年11月27日、ロッシーニ「セミラーミデ」の上演で開場しました。

ドメニコ・コンスタンツィはこの歌劇場を自ら運営し、経済的困難はあったものの、数多くの世界初演を行うことができました。その代表が、1890年、マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の大成功でした。ドメニコの死後、その息子エンリコ・コンスタンツィが運営を引き継ぎ、1900年1月14日、プッチーニ「トスカ」の初演を挙行しました。

1907年にコンスタンツィ劇場は支配人ヴァルター・モッキ率いるSTINに買収され、1912年から1925年まではモッキの妻であるソプラノ歌手、エンマ・カレッリを支配人として興行が行われました。

その後、1926年11月にコンスタンツィ劇場はローマ市庁によって買収され、王室歌劇場と改称されました。建築家マルチェッロ・ピアチェインティーニの設計による部分改築が行われ、15ヶ月の休場の後、1928年2月27日、ボーイトの「ネローネ」によって再開場しました。

首都ローマの豪壮な都市計画を進行していたムッソリーニのファシスト政権はこの王室歌劇場も精力的に梃入れしました。大恐慌の影響でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場を離れイタリアに帰国した名歌手を集結させ、名指揮者トゥリオ・セラフィンを音楽監督に戴いて、同劇場はミラノ・スカラ座に比肩し得る黄金時代を築きました。

1937年からはローマ市内にある古代ローマ時代の公衆浴場遺跡、カラカラ浴場での野外公演も夏季シーズンに開催されるようになりました。

第二次世界大戦後、王制から共和政への政体変化に伴い、歌劇場はローマ歌劇場と再改称された。1958年にはローマ市庁によって更なる改修・近代化が行われました。

現在の総席数は約1,600。

 

 

ローマ歌劇場へのアクセス

 

住所:Piazza Beniamino Gigli, 7 

 

地下鉄 Linea A  停車駅:REPUBBLICA TEATRO DELL'OPERA

 

バス
Via Nazionale - H, 40, 60, 64, 70, 71, 170, 116T 
Via Depretis - 70, 71 
Via Cavour - 16, 75, 84, 150 (festivo), 360, 590, 649, 714 
Stazione Termini - 16, 38, 75, 86, 90, 217, 310, 360, 649, 714 

 

TAXI 
電話番号:- 06,3570

 

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