ロベルト・ボッレとその仲間達

ロベルト・ボッレとその仲間達

 

イタリア北西部、ピエモンテ州カザーレ・モンフェッラート生まれ。テレビで見たバレエに魅せられて5、6歳の頃からダンスへの興味を示し始め、本人の強い希望で7歳から地元ヴェルチェッリのバレエ教室に通う。11歳でミラノ・スカラ座バレエ学校のオーディションに合格し、同校へ入学。バレエ学校在学中の1990年、当時15歳のボッレの稽古を偶然見たルドルフ・ヌレエフがその才能を見いだし「ヴェニスに死す」の美少年タジオ役に抜擢するが、バレエ団の規約等が障壁となり、出演は実現しなかった。

1994年、スカラ座バレエ学校卒業と同時にスカラ座バレエ団に入団。入団2年目の1996年「ロミオとジュリエット」のロミオ役を演じて認められ、当時のバレエ監督エリザベッタ・テラブストにより、21歳でプリモ・バレリーノ(プリンシパル)に任命される。この昇進をきっかけにイタリア国外で踊る機会が増え、国際的バレエダンサーとしての活躍が始まる。それとほぼ同時にスカラ座バレエ団を退団。以降はフリーランス・ダンサーとして、活動拠点のスカラ座へ出演するほか、各国の名だたるバレエ団に招かれて客演し世界中の劇場で踊っている。1998年12月からスカラ座のレジデンシャル・ゲストアーティスト、2003-04年シーズンよりエトワール。

ダンスマガジンでは、次のように評している。ヨーロッパで絶大な人気を誇るスターダンサー。数々のファッション・ブランドのイメージモデルも務め「踊るギリシャ彫刻」とも呼ばれる美しい容姿のみならず、彼の優しい魂の底から湧き上がる情熱的な演技と踊りが観客からもバレリーナからも愛されている。

プログラムとキャスト

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JUL 2019

カラカラ浴場

カラカラ浴場(カラカラよくじょう、イタリア語: Terme di Caracalla、Antoniniane)は、イタリアのローマにある古代ローマの公衆浴場。カラカッラ浴場とも表記されることもある。

 

212年から216年にかけて、カラカラ帝の治世に造営されました。構成は225mの長さに185mの幅、おおよその高さは38.5mほどで、あちらこちらに2,000から3,000の浴槽を設置できました。

建物は「ハイポカウスト」というシステムによって加熱されていました。供されたアクエドュクトによって付加された水の加熱をするために、地下で石炭を燃焼させるシステムで、19世紀まで使用されていました。

カラカラ浴場のの建物群は、ただの浴場よりもむしろ娯楽性の高いレジャー施設であった。また、古代ローマの帝政期以降は男性観の同性愛行為がごく自然な性行為とみなされていた事もあり、発展場としての役割もあった。「浴場」は公立図書館の建物群の中の付属建造物であり、この図書館は同じ大きさの2つの部屋にそれぞれギリシャ語とラテン語の書物が収蔵されていました。

20世紀のはじめ、この浴場のデザインは幾つかの現代建築のインスピレーションとしてもちいられました。それにはバングラデッシュの首都とダッカの議会庁舎、アメリカ、ニューヨークのペンシルベニア駅が含まれます。

遺跡は夏のオペラシーズンにローマ歌劇場のバックドロップとして建っています。1960年のローマオリンピックの間の器械体操協議会や1990年イタリアFIFAW杯決勝戦前夜の三大テノールのコンサートのように現代のイベントの開催地になってきており、また、ローマの観光名所の一つとしても親しまれています。

 

テルメディカラカラへのアクセス 
ヴィアーレデッレテルメディ·カラカラ 
 
メトロ 
リネアB - CIRCO MASSIMO停止 

バス 
Baccelli経由 - 160 
テルメディカラカラ経由 - 118、160、628、671、714 

タクシー 
電話番号 - 06.3570

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